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【二代目日記】古典の声

2011.08.17 Wednesday
最近、落語や歌舞伎があたらなファンを獲得しているそうで、そろそろ古典にもその波がくるかも知れません。

私は大学時代日本文学を専攻しましたが、その課程は万葉集から近代までを(とりあえずは)ひととおり履修するようになっていて、当時もその骨太な課程は珍しかったと思います。

万葉集の講義の折、上野理先生が「万葉集の解釈はほぼ出尽くしていて、新たな論点を探そうと思えば、自分があたらしくなるしかない」と話されていました。これは当時の自分にとっては雷に打たれたような衝撃をうけた言葉で、今でも「万葉集の解釈は」の部分を「数の子屋の商売は」に置き換えて社員を激励しています。まさに至言です。

日下力先生は軍記物の専門家。先生の平家物語講義では、毎回その日の下りの醍醐味が伝えられます。講義、というかそれ自体が、ひとつの「語り」となっているのです。今でも忘れられないのが「木曽の最期」。私が最も好きな下りです。

平家追討に起った木曽もついには源氏に狙われることとなります。最後にこの田舎武者と乳母子の今井四郎兼平が残ります。時は冬。薄氷の張った田んぼの中に残った二人。今井は、木曽に自分が敵をせき止めている間に逃げ、自害するよう勧めます。木曽にあっぱれな最期を遂げさせたいためです。木曽は、矢尽き刀折れるまで戦うといいますが、ついには逃げることを決意します。その間、今井は懸命に敵と戦いますが、木曽は逃げる途中、馬が田んぼのぬかるみに足を獲られたところで敵に首を切られてしまいます。それを見た今井は、「今や生き残ったとはいえ、いかばかりのものがあろうか」と切っ先を口にいれて馬から飛び降り、果てます。ときは夕暮れ。朝日の大将と呼ばれた木曽義仲は冬の夕暮れの中、無様な最期を迎え、今井四郎兼平は武士として立派な最期を遂げます。

私は夜学に通っていました。6時に近づいた夕暮れの中でこの講義を聞いたとき、大きな震えに襲われたのを覚えています。

それにしても、現代語で木曽の最期を説明しても、なんの感銘も起こらないですね。古典は偉大です。

 

 

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